「ACROS」2016年10月号
3/20

PROFILE音楽評論家。オペラを中心としたクラシック音楽の評論を雑誌や新聞に発表するほか、FMやテレビの番組にも出演してきた。「ワーグナーのすべて」「モーツァルト・オペラのすべて」(平凡社現代新書)などの著書がある。堀内 修(ほりうち おさむ) ゆる立ち上がってローマをやっつけよう!いきりたつ人々の気持ちが鎮まってゆく。ノルマの歌う「清らかな女神」の力は絶大だ。気持ちが穏やかになるのは舞台の上の、ドルイドの信者たちだけではない。客席にいる私たちだって、ノルマの歌に従って穏やかになってゆく。ノルマを優れたソプラノが歌えば。歌の技が大切な「ベルカント・オペラ」の最高峰と言われながら、「ノルマ」は案外上演される機会が少ない。スター級のソプラノが歌ってこそ真価を発揮するオペラだからだ。マリア・カラスが歌っていたころ〝カラスの「ノルマ」〟といわれたように、歌うソプラノの名を付けて呼ばれることも多い。最近では〝グルベローヴァの「ノルマ」〟だろう。夭逝した天才作曲家ベッリーニは、当時の大歌手で、後に伝説となった歌手、ジュディッタ・パスタと膝をつき合わせながらこのオペラを作り上げていった。「ノルマ」には2人の歌の技が詰め込まれている。 「清らかな女神」で人々の心を静めたノルマは、「ああ、愛しい人、帰って」と、今度は、愛してはいけない相手を愛してしまった苦しい気持ちを吐露する。歌の力は、グルベローヴァのような歌手が歌えば、ここでも力を発揮する。客席で聴く者の誰が、間違った相手を愛してしまった女を責める気になるだろうか?オペラ「ノルマ」の歌の力は、第一幕の長大なノルマのアリアにとどまらない。ドラマとしての頂点が幕切れの自己犠牲にあるとしても、音楽的頂点はノルマとアダルジーザの二重唱にある。長く愛し合い、子まで成した男に裏切られたノルマが、男の若い愛人であるアダルジーザと対決する場面だ。「ノルマ」の歌は、その鎮める力によって際立つ。まず「清らかな女神」の歌で示された力が、この二重唱でも露わになる。二人の女の対決は、オペラが誕生以来追求してきたテーマ、つまり赦しに変わってゆく。二つの女声の重なり合う美しい響きが、ノルマの気持ちを怒りから赦しに変え、アダルジーザの気持ちを恐れから感謝に変える。客席で聴く者の気持ちだって、優しくしてしまうのは間違いない。素晴らしい声ですね!なんて上手に歌うのでしょう!といった、歌への賛美、そして歌う歌手たちへの賛美を越えて、オペラという芸術に心を動かす経験が「ノルマ」ならできるはず。裏切られた女や男、そして裏切られなかった女や男だって経験できる。鎮めるオペラ《ノルマ》032016.October     福岡・音楽の秋フェスティバル2016プラハ国立歌劇場

元のページ  ../index.html#3

このブックを見る