#7 博多織職人 小川 規三郎 (おがわ きさぶろう) - アクロス福岡
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伝えたい文化の魅力

#7 博多織職人 小川 規三郎 (おがわ きさぶろう)

博多織職人 小川 規三郎

博多織の歴史は770年前に遡りますが、これほど長い歴史を持つ工芸品は数少ないと思います。福岡県はさまざまな文献からもわかる通り、二千年以上も前から人々が暮らしていた土地だと言われています。衣食住が満たされたあとに生まれるのが、文化。そういう意味では、長い歴史を持つこのエリアに多様な文化が根付いているのは、自然なことでしょう。

私は15歳から父を手伝い、職人としてもう65年になりますが、博多織が持つ770年の歴史のうち、ほんのわずかしか関わっていません。どんなに頑張っても自分の爪痕が遺せるのはせいぜい70年くらい。だからこそ、毎日時間を大切に生きています。1日24時間を3つに分け、8時間働き、8時間学び、8時間を自由時間にする、といつも決めています。寝る時間は?とよく聞かれるのですが、3~4時間も寝れば十分。あとは本を読み、常に勉強をしています。昔から本が大好きだったのですが、職人気質の父から「新聞を読む暇があれば、手を動かせ!」とよく怒られて。今になって、勉強する楽しみを満喫していますね。とはいえ、教えている学生たちによく言うのは、「本に頼らず目学問、耳学問を大切にしろ」ということ。本は誰かが書いたもの。自分の目と耳でたくさんの話を聞き、自分の頭で考えて、遠回りでもいいから学ぶことで、自分自身の感性が作られていきます。「明日できることを今日してしまえ」ともよく言うのですが、そうして生まれた時間の貯金を旅などに使い、現地の人とふれあい、歴史を学び、多くの工芸品を目にして、自分を養うことが何より大切な経験だと思います。本はそれに付随する知識の一つでしょう。

自然と触れ合うことも文化を創出する大切な要素の一つだと思います。私は昔から山登りが好きなのですが、ある春の日に山を歩いていたら、竹藪の中に藤の花が一本すっと垂れていて、そこに木漏れ日がさしていたんです。帰ってきてすぐにその光景をデザインして、帯に仕立てました。一瞬の自然の中に、主役と脇役、相手役がすっと浮かび上がってくるのです。職人は腕の良さ、技術の高さを誇るように思われる方も多いですが、デザインや色を考える段階こそ重要。その感性は日々の暮らしの中で、磨き続けなくてはいけません。千の問題に対して、万の答えを持っていなくては、いい作品は出来上がらないのです。若い職人の方には、じっと工房に閉じこもるのではなく、町や山に出かけて、流れる雲や舞い落ちる木の葉から、たくさんのヒントを受け取ってほしいと思います。そして自分が大きな声で作品を説明するのではなく、黙っていても作品自身が語り出すようなものを作るべき。努力は必ず、作品自体に宿っているのですから。
(文・上田瑞穂)

プロフィール福岡県福岡市生まれ。父であり後の人間国宝・小川善三郎に師事し、自身も2003年重要無形文化財「献上博多織」技術保持者に認定。日本伝統工芸展、日本工芸染色展などで受賞する一方、九州産業大学名誉教授や博多織デベロップメントカレッジの学長を歴任するなど、後進の育成にも励んでいる。2006年福岡県文化賞受賞。