#9 作家 西村 健 (にしむら けん) - アクロス福岡
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伝えたい文化の魅力

#9 作家 西村 健 (にしむら けん)

作家 西村 健

6歳のときに久留米から大牟田へ引っ越してきて、15歳で鹿児島の高校へ、そして18歳からはずっと東京に住んでいるのですが、たった9年しか住んでいない大牟田を最も「故郷」だと感じます。不思議ですよね。

吉川英治文学新人賞をいただいた『地の底のヤマ』では大牟田に根付く炭鉱町の姿を描き、『博多探偵ゆげ福』シリーズでは博多を中心に久留米や北九州など県内各地のラーメン文化を背景にした作品を書いていますが、登場人物たちに方言を使わせ、実在の地名などを交えていると、書いている私自身が楽しくなってくるんですよ。福岡という地域が心底好きなんでしょうね。ハードボイルド小説の生誕地アメリカでは、作品によって舞台となる都市は当然さまざま変わるのですが、日本だと東京一辺倒じゃないですか。福岡はストレートに生きている人が多い町だし、ハードボイルドが似合うと思ったので、あえて福岡を舞台にしたシリーズものを書くようになりました。毎回方言全開で書いているので、他エリアの読者の方からはたまに「主人公が話している内容がわからない」なんて言われますけど(笑)。

小学校4年生のときにシャーロックホームズに出会い、本に夢中になりました。小学校の卒業アルバムに「将来は推理作家になる」と書いたくらい。しかし炭鉱町で元気いっぱい走り回っている同級生たちからは「あいつ、本ばっかり読んで」っていじめられましてね。早くこの町を出たくて仕方がなかった。中学卒業とともに全寮制の高校へ進学したのですが、離れてみると妙に懐かしくなるんです。その後東京に行くと、郷愁の念はさらに強くなる。大牟田をどうして恋しく思うのか自問してみると、やはり人なんですね。遠慮をせず、思ったことをすぐにぶつけてくる気質が他にはない。腹が立ったら、その場で烈火のごとく怒る。しかし納得するとそこで終わりです。東京だと、腹が立っていてもその場では笑いながら、数日後に実はまだ怒ってる…なんてことが平気であり、気が許せません(笑)。日々命を張っていた炭鉱町特有の気質なのでしょう。遠慮してたら、明日文句言えるかどうかわかりませんから。大牟田のそういう気質が好きですね。東京在住の今でも、盆と正月の年二回は必ず1ヶ月ほど帰省して、中学時代の友人たちと毎晩飲むんです。この年間2ヶ月の帰省が、私にとっては必要不可欠な心の安静を得る時間です。

映画も好きなのですが、創作物という点では、多くの人が関わって生まれる映画と違って、たった一人で完成できる小説は、協調性がない私に合っていると思っています。2016年に出版した最新作『光陰の刃』は三池炭鉱を興した団琢磨の物語。昭和初期の資料を何年もかけて読みほどき、完成させた作品です。福岡県の皆さんにこそ、郷土の偉人たちが育んできた町の歴史を知ってもらいたいですね。
(文・上田瑞穂)

プロフィール福岡県福岡市生まれ。6歳より大牟田市で育つ。ラ・サール高等学校、東京大学工学部卒業。
労働省に入省するが4年で退職して作家の道へ。1996年『ビンゴ』(講談社)でデビュー。
『地の底のヤマ』で第33回吉川英冶文学新人賞と第30回日本冒険小説協会大賞を、『ヤマの疾風』で第16回大藪春彦賞を受賞。2012年福岡県文化賞受賞。