#11 博多人形師 中村 信喬 (Nakamura Shinkyo) - アクロス福岡
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伝えたい文化の魅力

#11 博多人形師 中村 信喬 (Nakamura Shinkyo)

博多人形師 中村 信喬

中村人形は私で3代目、息子で4代目の百余年続く家業ですが、技法にしても技術も形も、「これを守らなくてはいけない」という決まりは一つもありません。歌舞伎もの、美人もの…という博多人形の専門の流れがないだけではなく、博多人形以外のものでもなんでも作っています。それは、何かにこだわってしまうと、それに固執してしまうから。その時代ごとに現れる、新しい素材や技術にチャレンジする気概が失われるからです。私が若いころ、父の石膏型をすべて捨てていいかと尋ねたことがあります。父はあっさりといいと認め、捨てました。ずっと父の姿を見、祖父の話を聞きながら育ったので、伝統工芸に対する精神は幼少の頃から自然と宿っています。だからこそ、父の型を踏襲するのではなく、精神だけを受け継ぎ、そのうえで新しい試みをしたいと思ったのです。最澄が灯した*「伝燈」が1200年消えることがないのは、古い芯を切って新しい油を注ぎ続けているから、と聞いたことがありますが、うちの家業も同じですね。常に新しい油を注ぎ続けているからこそ、伝統工芸でありながら新鮮さを保ち続けていられるのだと思います。

唯一の家訓は「お粥食ってでもいいものを作れ」という初代の言葉。とにかくできうる限り、その時代の最高の技と最大限の能力を生かした作品を作ること。報酬や自己満足のためにではなく、全身全霊で相手が喜んでくれるものを作る、それに尽きるという教えです。人形は他の工芸品と違い、着物のように着て喜んだり、器のように使って喜ぶことはないのに「用の美」と言われるんです。それはなぜかというと、見るだけで、人に夢と希望を与えることができる純粋な工芸品だから。節句の人形には子どもが健やかに育つよう祈りを込めますよね?贈る人の願いが込められるものだからこそ、人に幸せを与える作品を作らなくてはいけない。人形に限らず、作品を作るときは自分が作りたいものではなく、誰かが幸せになるものを作るようにしています。

初代は「原型師」と言われ、さまざまな彫刻や原型を遺していますが、何もないところから依頼主の想いを汲み取った「原型」を作ることが、我々の務め。例えばKITTE博多がオープンした際に「エンジェルポスト」というハート型のポストを作りました。これは元来博多という町は大陸からの文化の窓口で、ここから多くの文書・文物が全国へ伝わっていったことにちなみ、制作を思いついたものです。その歴史を継ぐ地で、またたくさんの「想い」を誰かに届けるものを作りたかった。依頼されると、設置されるその場所に実際に必ず行って、その土地が何を欲しがっているのかを感じるようにしています。

*「伝燈」…仏法が人々の心を照らすことを灯火に例えた語
(文・上田瑞穂)

プロフィール福岡県福岡市生まれ。父は福岡県無形文化財、二代目人形師・中村衍涯(えんがい)。重要無形文化財の人形師・林駒夫、陶芸家・村田陶苑、能面師・北澤一念に師事し、伝統工芸人形展文化庁長官賞等数々の賞を受ける。福岡市動物園の「座れるゴリラの像」や太宰府御神忌一千百年大祭の「御神牛・菅原道真公像」、九州芸文館の「石馬」など町で触れ合うことのできる大作も多い。
日本工芸会正会員。平成18年福岡県文化賞受賞。