#12 声楽家 蓮井 求道 (Hasui Gudo) - アクロス福岡
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伝えたい文化の魅力

#12 声楽家 蓮井 求道 (Hasui Gudo)

声楽家 蓮井 求道

実家がお寺なので佛教科と音楽科をそれぞれ卒業するという、変わった学歴を経てイタリアに渡ったのが、40年ほど前のこと。それから、国境なくダイレクトに世界とつながることができる音楽の世界に魅了され、欧州で数十年、200以上の舞台に立ってきました。1990年に北九州市民オペラを立ち上げたのは、まず本場で勉強してきたものを発表する場が日本には圧倒的に少ないことを感じたから。私自身、イタリアから帰ってきて驚いたのは、当時日本では日本語でオペラが行われ、そのほとんどが東京発信であることでした。地方都市は本物を見る機会が圧倒的に少なく、観客の目も養われないばかりか、音楽家が活躍する場もない。幸い、想いを同じくする仲間に恵まれたこともあり、私の地元である北九州圏から世界に向け、オペラを通して文化を発信していくことを目指しました。

ミラノスカラ座をはじめ、世界の一流歌劇場で使用されているミラノフォーレ社へ衣装の交渉に行ったときは、「あなたたちのことは知らないが、小さな島国の一都市で一生懸命オペラを頑張っているのだから応援してあげよう」と言われて取引を始めてくれました(笑)。お金がない市民オペラですが、やるからには一つずつでも本物を揃えたいと熱心に訴えたのです。ビジネスライクな取引だと、こうはいかなかったかもしれません。こちらの想いを汲んでくれる、国内外のたくさんの皆さまのおかげで、一公演ずつ実現することができました。その後、巨大なセットを船で40日かけて本場から直接運んでくるなど、舞台演出や装置にも「本物」を追求し続けています。そうすることで演じる側のやる気は増し、観る側の目が肥えていくと思うからです。

「北九州からの発信」を掲げ続けて26年になりますが、2015年にはプッチーニ作曲オペラ「蝶々夫人」で念願のイタリア記念公演を行いました。現地の新聞はもとより、欧州の有名オペラ専門誌にも大きく掲載され、四半世紀を経て「北九州で生まれたオペラ」が世界で評価を受けた喜びを感じました。そして今年、2017年春にはイタリア全土に10しかないと言われるAクラスの歌劇場で「ジャンニスキッキ」と「カヴァレリア・ルスティカーナ」の二公演が実現します。トリエステ G・ヴェルディ歌劇場の舞台に立てるというのは、われわれ会員にとっても大変名誉あること。若い人たちにチャンスと活躍の場を与え、育てることもわれわれの大切な使命の一つなのです。継続するためには資金など現実的な課題もたくさんありますが、せっかく北九州に芽吹いた芸術の火を、絶やすことなく受け渡していきたいですね。
(文・上田瑞穂)

プロフィール福岡県行橋市生まれ。ミラノ・ヴェルデイ音楽院、ウィーン国立音楽院オペラ科、同オペラマイスタークラスに学び、故堤 温、故三枝喜美子、故ドメニコ・マラテスタ、故アレキサンダー・コロー、ジュリエッタ・シミオナートの各氏に師事。第12回トティ・ダルモンテ国際歌手コンクール第1位(伊)など、国内外で数々の賞を受け、欧州16カ国の歌劇場で活躍。帰国後の93年に北九州市民オペラ(現、NPO法人北九州シティオペラ)を立ち上げ、理事長と芸術監督を兼任している。07年福岡県文化賞受賞。