#17 久留米絣作家 松枝 哲哉 (Matsueda Tetsuya) - アクロス福岡
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伝えたい文化の魅力

#17 久留米絣作家 松枝 哲哉 (Matsueda Tetsuya)

久留米絣作家 松枝 哲哉

今から約25年前、生まれ育った三潴(みずま)からここ田主丸に工房「藍生庵(らんせいあん)」を移しました。耳納(みのう)連山の麓で、水が抜群に奇麗なんですよ。絵絣の作家は、常に五感を研ぎ澄まし、新たなインスピレーションを得るために自然と対話することが不可欠ですから、ここは最適の場所だと思いましたね。選び抜いた土地です。

祖父、松枝玉記(たまき)は久留米絣の人間国宝ではありましたが、父は薬剤師の道を選び、この仕事を継いでいません。ですから私の進路にも、選択の自由はありました。この一族に生まれたからには絶対に継がなくてはいけない、というプレッシャーはなかった。しかし小さいころから遊び半分で祖父の仕事を手伝い、その作業を間近で見ていたので、大学に進学するころには「祖父の思いを絶やしてはいけない」と思うようになっていました。デザインの学科に進み、修行ののち本格的に久留米絣に取り組むことに。以前よりこの業界は、染めは男性の仕事、織りは女性の仕事とそれぞれ分業して行っていましたが、最初に祖父が私に教えたのは織りでした。これはその当時としては画期的なこと。織りを男性が行うなんて、前代未聞です。しかし祖父は、先見の明があったのでしょう。あえて私に織りから学ばせ、作家として染めも括(くく)りも織りも、全ての工程を一人で完結できる新しい「技術保持者」を育てようとしたのです。おかげで私は、3つの技術保持者となりました。現在は大木町にある玉記生家(たまきせいか)の工房でも指導しています。

久留米絣を制作する工程は非常に複雑で、何十にもわたる作業があるのですが、その一つ一つが職人技。たとえば染め一つとっても、「藍」というのは青色に見えていますが、当然植物を原料とするので、その青色には黄色や赤など自然界のさまざまな色を包括しているんですよね。その〝不確かな要素を持った〟植物から、思い通りの色を引き出したときの感動はひとしおです。そのように幾重にもある全ての工程で、達成感と感動があり、そして最後にできあがった作品を着ていただいた姿を見たときに、最高の幸せがある。だからこそ、全ての工程をこの手でできるよう指導してくれた祖父には感謝していますね。全ての喜びを感じられる幸運を、手に入れられたわけですから。

私が和歌を作っているのは、五感を研ぎ澄ます鍛錬のためです。文化、自然、伝統、歴史…吸収できるものは全てして、それを作品にアウトプットしていきたい。藍で染めた布は色が薄くなっても、またそれが味わいとなり新しい美しさを生み出します。200年続く伝統文化の力は、色あせることなく常に新しい美しさを生み出し続けることができると思っています。
(文・上田瑞穂)

プロフィール福岡県三潴郡生まれ。人間国宝であった祖父・松枝玉記に師事し、現在は重要無形文化財久留米絣技術保持者会会長。平成元年には久留米絣求評会伝統的工芸品会長賞を受賞、その他西部工芸展、日本伝統工芸染織展などでも受賞多数。2003年福岡県文化賞受賞。