#18 建築家 松岡 恭子 (Matsuoka Kyoko) - アクロス福岡
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伝えたい文化の魅力

#18 建築家 松岡 恭子 (Matsuoka Kyoko)

建築家 松岡 恭子

幼いころから「将来会社員になる」という発想は全くなく、何か自分でスキルを身に着けて生きていこうと思っていました。両親ともに芸術を好んでいたので家にはデザイン系の本が多くあり、そのうちの一冊に「建築とは総合芸術だ」と書かれているのを目にしたとき、自分の進路が決まったように思います。一方、その芸術的な側面に加え、建築は人々の生活を受け止め、日常に寄り添うものでもあります。耐震など、災害のことも考え、エネルギー問題など地球環境にも配慮し、都市景観をつくっていく仕事です。たくさんの人の力がないと完成しないのもほかの芸術と違うところかもしれません。数年かけて完成した後はもちろん、私が死んだ後も使われ続けるはずだと考えると責任も大きいですね。

東京とアメリカの二つの大学院で学び、その後さまざまな国や都市で仕事をしてきましたが、やはり大好きな故郷である福岡に拠点を置くことを決めました。この街は九州全土やアジアへ影響力を持っています。厳密にはまだ「持っている」とまでは言えないかもしれませんが、「持つ」都市になるべきだと思います。そのためには、文化が大切です。経済的に発展しても文化のない街は、味気ないハコでしかないでしょう。福岡が文化を大切に育み花開かせる街であってほしい、そのために建築からできることをやりたい、その努力の成果を残せたら幸せだと思っています。

全米で住みたい街1位に選ばれたポートランドという都市に、今春視察に行ってきました。それまで「都市の文化力とは何なのか」という疑問が常に頭の中にありましたが、そこでとても大切なことを教えられた気がします。それは、この街に暮らす誰もが共有する「ポートランド魂」の存在です。地元アーティストを育てるとか、地産オーガニック食材を使う料理店を応援するとか、コミュニティーを支える飲食店を大切にするとか、都市全体に共通のスピリットのようなものが存在している。ほかのどことも違う、独自の文化をみんなで作って育てて行こうという気概を感じました。しかもそれはたかだかここ数十年のことなのに、です。文化や伝統は放っておいて育つものではなく、意志をもって、守り育てるもの。また新しい文化を生むたゆまない挑戦も大事。そういうことを改めて感じさせられました。

ネット社会が手軽な便利さをもたらし、また高度な資本主義が世界の隅々に触手をのばすなか、街の独自性がどんどん失われていっています。そこに行かないとわからなかったモノやコト、臭いや暗がり、泥臭さが薄れ、画一化されていくのはなぜか。情報化は標準化をもたらすからです。不均質さが失われ、世界がフラットになっていくことはつまらない。独自の文化を持つ都市こそ愛されるはずです。そのためには今持っているものに甘んじることなく、常に文化を生み育もうと目を光らせ努力を続けることが大切なのだと思います。そういう意識が市民一人ひとりに根付き、アイデンティティーある街になっていくことを祈って、5年前に設立したNPOでの活動も続けています。
(文・上田瑞穂)

プロフィール株式会社スピングラス・アーキテクツ代表取締役。NPO法人福岡建築ファウンデーション理事長。九州大学工学部建築学科を卒業後、東京都立大学大学院、コロンビア大学大学院でそれぞれ修士課程を修了。「グッドデザイン賞」「建築九州賞」「福岡県美しいまちづくり賞」など受賞多数。平成20年福岡県文化賞受賞。