#23 博多人形師 溝口 堂央 (Mizoguchi Toyo) - アクロス福岡
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伝えたい文化の魅力

#23 博多人形師 溝口 堂央 (Mizoguchi Toyo)

博多人形師 溝口 堂央

小さいころから工作など、モノを作るのは好きでしたが、強い志があって博多人形師を目指したかというと、そうではないんです。たまたま父が、私の師である中村信喬(しんきょう)氏の担任教師をしてまして。幼少時代には山登りなどに連れて行ってくれる「お兄さん」だったんです。学校を卒業するころに「手に職を付けたい」と思い、「お兄さん」であった師匠の弟子にしてもらうことになりました。知り合いだなんていう甘えは当然通用せず、職人の世界は厳しいとは予想していましたが、想像以上でしたね。内弟子として、師匠と寝食を共にしながら何から何まで学ばせていただきましたが、一日に何度も辞めたいと思いました(笑)。それでもなんとか食らいつき、他の人の何倍もの時間がかかりながら一歩ずつ学んでいきました。私は基本的に不器用なので、人一倍時間がかかるんです。師匠も大変だったと思いますよ。こういう徒弟制度は私の世代くらいが最後かもしれませんね。

博多人形師として町の祭事などにも関わりたいと思い、若いころから舁き手として山笠には参加していました。そして、平成26年からは師匠の跡を継ぐ形で、中洲流の舁(か)き山の人形を制作させていただいています。舁き山の制作は、通常の人形作りとは大きく異なります。まずあれだけ大きいので、空間の使い方を計算する必要がある。そして人々の目線の位置を考え、見せ方を工夫しなくてはいけない。神事として、関わる全ての人の強い期待を感じるのでプレッシャーも大きいですね。しかし昔から舁き手として参加してきた分、思いや情熱を共有できるので、「いい山笠を奉納する」という一心で、参加する全ての人と同じ気持ちで作ることができています。まだまだ未熟ですが、皆さんに学ばせていただきながら、気持ちだけは誰よりも込めた人形を作りたいと毎年思っています。

数々の諸先輩方の作品を見ていて感じるのは、この仕事にはピークの年齢がないということ。80代、90代といったご年配の先輩方が驚くほどみずみずしい作品を作られていたり、逆に私たちのような若手が古臭いものを作っていて反省したり。ハッとさせられることが多いです。人形と彫刻は違います。日本は古来より、人形にある種の魂や願いを込めることが多かった。戦や疫病などがはやると、人形に鎮魂や平和の願いを込めて祈りをささげました。そういった人々の思いを受け止められるような、温度を感じる人形を作り続けたいと思っています。成型の美しさだけではなく、もっと奥行きと膨らみをもった人形を作りたい。生涯をかけて、最後の最後に「やっと思い通りのものが作れた」と思えたらうれしいですね。
(文・上田瑞穂)

プロフィール日本伝統工芸会正会員。中村信喬氏に内弟子として入り、平成26年からは師の跡を継ぎ、中洲流の舁(か)き山の人形制作も行う。平成10年与一賞展与一賞、平成24年西部工芸展福岡市長賞、同年日本伝統工芸展奨励賞など受賞多数。九州国立博物館にも出展している。平成28年福岡県文化賞受賞。