#1 書家 西尾 真紀 (にしお まき)
書との出会いは運命的というか、偶然でした(笑)。子どもの頃太宰府にある家に引っ越したのですが、そこの以前の住人が書家の方でした。近くで教室をしているから、と誘われて通い出したのが始まり。もともと絵や文字を描くことは好きで、話すよりも描いて表現するのを好む子どもだったんです。中学に上がるころになると、周りの友人達が一人、また一人と教室を止めていくなか、私だけは黙々と続けました。高校進学時には、県下で唯一書道科がある公立学校へ。入学式当日から書道をするような書道漬けの学校でしたが、毎日書に向き合えることが嬉しかった私には願ったり叶ったりの環境でしたね。せっかくこの環境にいられるなら思いっきり享受しようと、毎朝誰よりも早く登校して一枚でも多くの作品を書いたり、一つでも多くの賞を取ろうと奮起したりと、書にどっぷりと浸かった高校時代でした。
大学も書の実績が認められ推薦入試で受かったものの、高校時代あまりに没頭したからか燃え尽きてしまい、入学からしばらくは書と距離を置いていました。二年くらい筆を持たない日が続いたでしょうか。そのころ周りを見渡すと、友人たちは皆、音楽だったりファッションだったり、何かコレと言える自分の好きなものを持っていた。ふと自分を顧みて「私には何ができるんだろう?」と疑問を抱いたのです。「やっぱり私の強みは書しかない」と改めて自覚した瞬間から今日まで、一度もブレることなく書に邁進しています。一度離れてみて、遠くから自分と書を見つめ直したのが良かったのかもしれません。そのころから音楽イベントでライブパフォーマンスをするなど、自由な書との向き合い方ができるようになりました。
とはいえ書は趣味であり、仕事にするとは当時とても考えていませんでした。就職活動では辛酸をなめ、新卒で就職した化粧品会社の営業職にもやりがいを感じられず、退社してからは書道具だけを持って東京で友人宅を転々としていました。そのタイミングでまた運命的に、福岡の広告代理店から「書を書ける人を探している」というオファーを受けたのです。「一か月でいいからまずアルバイトに来て」と言っていただき、そこから十一年その会社でお世話になりました。書をツールにして、さまざまな提案をする会社でした。ここに所属している間に、九州国立博物館や伊都菜々のロゴマーク、うどんの小麦治の看板などさまざまな施設の顔となる作品を担当させていただいたのです。福岡の街中に私の書いたものがあるというのは、少し照れますがやはり嬉しいですね。
これからは顧客のニーズを形にする「広告としての作品」のみならず、まっさらな状態で想いのままに書く「芸術としての作品」ももっと書いていきたいと思っています。漢字そのものが意味を持ち、墨というツールに限定される書は絵画に比べるとアートとしての制限が多くて難しいものですが、将来は海外で個展をする等、書の可能性をさらに広げていきたいですね。
大学も書の実績が認められ推薦入試で受かったものの、高校時代あまりに没頭したからか燃え尽きてしまい、入学からしばらくは書と距離を置いていました。二年くらい筆を持たない日が続いたでしょうか。そのころ周りを見渡すと、友人たちは皆、音楽だったりファッションだったり、何かコレと言える自分の好きなものを持っていた。ふと自分を顧みて「私には何ができるんだろう?」と疑問を抱いたのです。「やっぱり私の強みは書しかない」と改めて自覚した瞬間から今日まで、一度もブレることなく書に邁進しています。一度離れてみて、遠くから自分と書を見つめ直したのが良かったのかもしれません。そのころから音楽イベントでライブパフォーマンスをするなど、自由な書との向き合い方ができるようになりました。
とはいえ書は趣味であり、仕事にするとは当時とても考えていませんでした。就職活動では辛酸をなめ、新卒で就職した化粧品会社の営業職にもやりがいを感じられず、退社してからは書道具だけを持って東京で友人宅を転々としていました。そのタイミングでまた運命的に、福岡の広告代理店から「書を書ける人を探している」というオファーを受けたのです。「一か月でいいからまずアルバイトに来て」と言っていただき、そこから十一年その会社でお世話になりました。書をツールにして、さまざまな提案をする会社でした。ここに所属している間に、九州国立博物館や伊都菜々のロゴマーク、うどんの小麦治の看板などさまざまな施設の顔となる作品を担当させていただいたのです。福岡の街中に私の書いたものがあるというのは、少し照れますがやはり嬉しいですね。
これからは顧客のニーズを形にする「広告としての作品」のみならず、まっさらな状態で想いのままに書く「芸術としての作品」ももっと書いていきたいと思っています。漢字そのものが意味を持ち、墨というツールに限定される書は絵画に比べるとアートとしての制限が多くて難しいものですが、将来は海外で個展をする等、書の可能性をさらに広げていきたいですね。
(文・上田瑞穂)
プロフィール
福岡県太宰府市生まれ。10歳より筆を持ち、森史陽に師事。太宰府高等学校芸術家書道コース卒業後、國學院大學へ。福岡県展、大正大学全国書道展、毎日書道展等入賞多数。西日本新聞書道会師範正。九州国立博物館ロゴマーク、柳川市観光ポスター、JA伊都菜彩ロゴマーク、小麦治など、代表作多数。
九州国立博物館
JA伊都菜彩