#5 博多券番 こ春 (こはる) - アクロス福岡
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伝えたい文化の魅力 NEO

#5 博多券番 こ春 (こはる)

博多券番 こ春 (こはる)

昔から特に日本文化に関心が高かったというわけではないんです。むしろ外国に興味を抱いていました。高校時代はオーストラリアに留学して英語を学び、大学生になるとボランティアサークルを自ら立ち上げ、仲間たちと世界のさまざまな国に行くようになりました。
最も興味を引かれた国がカンボジア。数回訪れましたが、ゴミの山やスラム街といった途上国の実情を学びながら、学校建設や医療従事者を育成する活動に励んでいる中で、心惹かれたのはアプサラダンスという現地の伝統舞踊でした。そのあまりにも美しい舞踊を目の当たりにして、途上国や先進国というレッテルは一つの価値観でしかないことに気付きました。伝統の持つ普遍的な美しさに圧倒されたのです。
そのころには既に、英語を勉強しても、それが海外に出て自分自身を表現する手段にはつながらないことを自覚し始めていました。英語はあくまでもただの道具であって、それを使って何か表現したいものが自分にはない。アプサラダンスで「伝統」の持つ力に気付かされた私は、日本に帰国してから着付けや茶道、日本舞踊などさまざまな「伝統」を身に着けたいと、習い始めたのです。
そんなある時、宝飾店を経営している実家の手伝いで、博多港のクルーズターミナルで外国人をお迎えしたことがありました。そのときに歓迎レセプションで初めて見たのが、博多券番の姿。立ち居振る舞い、所作、そのすべてが私が憧れていた「日本の伝統文化」そのものでした。存在そのものが、「伝統」だったのです。黒紋付に博多献上帯をビシッと着こなす姿に魅了され、その日以来何度も何度も稽古場を訪れ、見学させていただきました。
「こんなに何度も見学に来る娘はいない。やるの?やらないの?」と笑われながらも、厳しい世界に身を置く決心がなかなかつかず、両親の説得にも2年かかりました。一般企業に就職もしていたのでそのキャリアを捨てることへも勇気が持てず逡巡しましたが、やはり一度ともった情熱の火を消すことはできませんでした。どうしても博多券番になりたいとようやく覚悟を決め、6年ぶりの新しい芸妓として、デビューさせていただいたのです。
芸妓の所作は特別なもののように思われることもありますが、決してそんなことはありません。「御草履をそろえる」といったような、日本人にもともと備わっている習慣を当たり前のように行動にしているだけ。お互いが気持ちよく過ごせるように追求した心遣いが、おもてなしという形に昇華し、それが私たち芸妓の根本の精神になっていると思っています。
最近では外国の方の席に呼ばれることも増えてきましたが、まずは日本人にこそお座敷の楽しさを知っていただきたいですね。そしてゆくゆくは、券番での役割を担いながら、他の伝統芸能や伝統工芸の方々、街の皆さんと一緒に、博多をさらに魅力的な町に発展させるように盛り上げていきたいです。

(文・上田瑞穂)

プロフィール 福岡県福岡市生まれ。3歳から20歳までクラシックバレエを学び、高校在学中にはオーストラリアに留学。大学時代にはボランティアサークルを自ら立ち上げるなど、多方面でアクティブに活動していた。2014年10月に半玉(見習い)として、お座敷にデビュー。現在は立方の芸妓としてさまざまな舞台で活躍している。
博多券番 こ春 (こはる)