#32 ボールペン作家 浦川洸一郎(うらかわ こういちろう)
小さいころから絵は好きでしたが、美術部に入ってデッサンを学んで…というような「絵」ではなく、私が描いていたのは落書きの延長のようなもの。先生の似顔絵を描いてクラスメートに喜ばれたり、好きな漫画のキャラクターを模写したり。それを生業にしようなんて考えたことはなくて、ただ人に喜んでもらうためのコミュニケーションツールの一つとして、画力を使っていました。
学卒後は似顔絵捜査官に憧れて、警察官に。警察学校に入校中も教官の似顔絵を描いたりして喜ばれていたんですが、実は研修中に生まれて初めててんかんの発作が出てしまい、残念ながら警察官の仕事は続けることができませんでした。その後、地元の唐津に戻って大手書店に就職。本を紹介するポップを描くなど、得意な画力を活かしていましたが、長く勤めるうちに自分の将来像に疑問を抱き始めるようになりました。10年後もここにいるのか、自分が一番したい仕事はこれなのか、と。悩んでいたころに通っていたのは、お気に入りのコーヒー店。コーヒーの奥深い世界に魅了されていき、唐津の自宅から糸島にあるその店まで通いつめていました。そのうちにコーヒーこそが自分が人生をかけることができる仕事なのではないかという結論が出て、思い切って仕事を辞めてそのコーヒー店で修業を始めたのです。今思うと、これが最初の転機ですね。
そしてもう一つの転機は、そのコーヒー店のオーナーからかけられた言葉にありました。「絵が得意なら、うちのドリップバックに描いてみたら?」この一言で、初めて自分の絵が商品化することとなったのです。店頭で販売していたオリジナルのドリップバック一つ一つに違う絵を描きました。すると、「この絵かわいい」と絵柄で選んでくださるお客さまが少しずつ出てきたんです。もちろん、美味しいコーヒー目当てで買われていることはわかっていましたが、それでも目の前で自分のイラストが評価されているのを初めて経験して、心底嬉しく思いました。その時に思い出したんです。小さいころから学校や家で落書きをしていたときのことを。友だちや親が喜んでくれ、褒めてくれるのが嬉しくて私は絵を描いていました。自分のための絵ではなく、誰かのために描く絵が好きなんです。それに気づいたときに、イラストも自分の人生に欠かせない要素になりました。コーヒーとイラストの二足の草鞋を実際に履き始めたのは、2018年のこと。縁あって、糸島のマルベリーコーヒーというカフェの店長を任されることとなり、その一方でカレンダーの制作なども続けました。福岡市と糸島市の5つのコーヒー店で巡回展をさせていただいたり、コーヒーの仕事のご縁でイラストの注文をいただくことも多くなったり。コーヒーとイラストって、特に関連がなさそうなのに意外なところで繋がってくれるのが嬉しいですね。
最近はTシャツなど商品展開を多くするようになり、作品に出逢ってくださる人の数も増えてきました。SNSを通じて、遠く離れた三重県のカフェからイラストを頼んでいただいたことも。驚くとともに、とてもありがたかったですね。
私の人生において欠かすことのできない存在となった、コーヒーとイラスト。二つの世界に出逢えたことに感謝をしながら、これからも両輪を回し続けていきたいと思っています。
学卒後は似顔絵捜査官に憧れて、警察官に。警察学校に入校中も教官の似顔絵を描いたりして喜ばれていたんですが、実は研修中に生まれて初めててんかんの発作が出てしまい、残念ながら警察官の仕事は続けることができませんでした。その後、地元の唐津に戻って大手書店に就職。本を紹介するポップを描くなど、得意な画力を活かしていましたが、長く勤めるうちに自分の将来像に疑問を抱き始めるようになりました。10年後もここにいるのか、自分が一番したい仕事はこれなのか、と。悩んでいたころに通っていたのは、お気に入りのコーヒー店。コーヒーの奥深い世界に魅了されていき、唐津の自宅から糸島にあるその店まで通いつめていました。そのうちにコーヒーこそが自分が人生をかけることができる仕事なのではないかという結論が出て、思い切って仕事を辞めてそのコーヒー店で修業を始めたのです。今思うと、これが最初の転機ですね。
そしてもう一つの転機は、そのコーヒー店のオーナーからかけられた言葉にありました。「絵が得意なら、うちのドリップバックに描いてみたら?」この一言で、初めて自分の絵が商品化することとなったのです。店頭で販売していたオリジナルのドリップバック一つ一つに違う絵を描きました。すると、「この絵かわいい」と絵柄で選んでくださるお客さまが少しずつ出てきたんです。もちろん、美味しいコーヒー目当てで買われていることはわかっていましたが、それでも目の前で自分のイラストが評価されているのを初めて経験して、心底嬉しく思いました。その時に思い出したんです。小さいころから学校や家で落書きをしていたときのことを。友だちや親が喜んでくれ、褒めてくれるのが嬉しくて私は絵を描いていました。自分のための絵ではなく、誰かのために描く絵が好きなんです。それに気づいたときに、イラストも自分の人生に欠かせない要素になりました。コーヒーとイラストの二足の草鞋を実際に履き始めたのは、2018年のこと。縁あって、糸島のマルベリーコーヒーというカフェの店長を任されることとなり、その一方でカレンダーの制作なども続けました。福岡市と糸島市の5つのコーヒー店で巡回展をさせていただいたり、コーヒーの仕事のご縁でイラストの注文をいただくことも多くなったり。コーヒーとイラストって、特に関連がなさそうなのに意外なところで繋がってくれるのが嬉しいですね。
最近はTシャツなど商品展開を多くするようになり、作品に出逢ってくださる人の数も増えてきました。SNSを通じて、遠く離れた三重県のカフェからイラストを頼んでいただいたことも。驚くとともに、とてもありがたかったですね。
私の人生において欠かすことのできない存在となった、コーヒーとイラスト。二つの世界に出逢えたことに感謝をしながら、これからも両輪を回し続けていきたいと思っています。
(文・上田瑞穂)
プロフィール
1987年佐賀県唐津市生まれ、糸島市在住。小さいころから、好きだったペンで描くことを仕事にしたいと考える。子ども絵画教室の先生と並行して作家活動をするなどの経験を経て、現在コーヒーショップの店長をしながら、モノクロイラストの作家として活動中。個展、オリジナルグッズなども随時展開している。