#31 ラズモフスキーとは ♪弦楽四重奏曲「ラズモフスキー」 - アクロス福岡
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歴史を彩った名曲たち

#31 ラズモフスキーとは ♪弦楽四重奏曲「ラズモフスキー」

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ベートーヴェンの生涯の中で何人かのロシア人貴族がパトロンとして登場する。ベートーヴェンの創作と演奏においてロシア人貴族が担った役割は少なくなかった。彼が交響曲第5番を献呈したのがアンドレイ・キリロヴィッチ・ラズモフスキー伯爵で、彼はナポレオン戦争が勃発すると、ロシアのウィーン駐在全権大使として赴任した。音楽愛好家であったラズモフスキーはベートーヴェンの有力なパトロンの一人となった。彼の宮廷では頻繁に演奏会が催され、その贅を凝らした宮廷はさまざまな政治家や外交官の出入りする重要な場となっていた。
ナポレオンとの戦争の遂行と戦後の領土問題がラズモフスキーに課された最大の任務であった。そして彼は、プロイセンがナポレオン戦争においてナポレオン側についたザクセンの北半分を割譲するのを認める代わりに、ロシアがポーランドを領有することを相互に承認しあうという密約を結ぶ。ベートーヴェンは直感的にこうした政治状況を察知していたに違いない。彼は「ヴァイオリン・ソナタ第6番」(作品30︱1)をロシア皇帝に献呈し、序曲「命名祝日」(作品115)をラジヴィウ侯爵に献呈している。ラジヴィウ侯爵はプロイセン支配下のポズナニ大公国総督であった。
ベートーヴェンはラズモフスキーに献呈すべく、1806年5月26日に作曲に着手して、同年に完成し、同伯爵に献呈された。作曲に当たり彼はロシア民謡を作品に取り入れた。第1番では「リヴォフ・プラーチ民謡集」の第9番「ああ私の運命よ」が引用されている。第2番では第3楽章の中間部分(トリオ)でロシアの旋律が用いられる。この作品では同じ「リヴォフ・プラーチ民謡集」第2番「天には神に栄光あれ」が使用されている。この旋律はその後のロシア国民楽派では盛んに用いられ、ムソルグスキーのオペラ「ボリス・ゴドゥノフ」の戴冠式の場面でも用いられている。なお第3番ではロシア民謡は使用されていない。この作品はナポレオン戦争下の緊張高まるウィーンのひとつの側面を映し出しており、この作曲後、ナポレオン戦争は激しさを増していく。

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西原稔 山形県生まれ。東京藝術大学大学院博士課程満期修了。現在、桐朋学園大学名誉教授。18、19世紀を主対象に音楽社会史や音楽思想史を専攻。「音楽家の社会史」、「シューマン 全ピアノ作品の研究上・下」(ミュージック・ペン・クラブ賞受賞)、「クラシック 名曲を生んだ恋物語」、「クラシックでわかる世界史」などの著書などがある。