#32 ナポレオンのウィーン包囲 ♪ピアノ・ソナタ 第26番 「告別」 - アクロス福岡
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歴史を彩った名曲たち

#32 ナポレオンのウィーン包囲 ♪ピアノ・ソナタ 第26番 「告別」

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1809年1月、ベートーヴェンはナポレオンの弟ジェロームの構えるカッセルの宮廷楽長を受諾した。しかし、ルドルフ大公らの説得に応じて彼は4000フロリンの終身年金を得てウィーンにとどまることになる。その件があった1809年5月、ナポレオンはウィーンに侵攻し、ベートーヴェンの後援者であったルドルフ大公は王侯貴族らとともに疎開を余儀なくされる。このとき、一般の市民はウィーン市内にとどまることを命じられ、ベートーヴェンだけではなく、老境にはいっていたハイドンも砲声のとどろくウィーンで恐怖に耐えることになる。ベートーヴェンは弟の家の地下室にこもり、耳を保護するために当て物をして砲声をしのいだ。ライプツィヒのヘルテル宛の書簡には「私のまわりにはなんとめちゃくちゃな荒れ果てた生活があることでしょう!ただ太鼓の音と大砲と、人間のありとあらゆる苦難のみ!」と書きしたためられている。作品は、1809年5月から翌年1月にかけて作曲され、ベートーヴェンの弟子であるパトロンのルドルフ大公に献呈された。
作品の自筆譜には「敬愛するルドルフ大公の出発に際して」と記され、作品は3つの楽章からなる。各楽章に「告別」「不在」「再会」という標題が付され、別れから再会までのベートーヴェンの気持ちが表現されている。このことからこの作品は「告別」というタイトルで知られる。第1楽章では「さようなら」がドイツ語で記され、主題はこのドイツ語の抑揚に基づいている。第2楽章の「不在」は疎開で大公がウィーンを離れた寂しさを非常にメランコリックに表現し、第3楽章の「再会」では疎開から戻った大公に再会した喜びが非常に生き生きと映し出されている。作品はこれまでにない斬新な表現で作曲されており、「標題音楽」としても注目される。
この作品は、「ピアノ・ソナタ第24番《テレーゼ》」とともにベートーヴェンが久々に作曲したピアノ・ソナタである。ナネッテ・シュトライヒャーはこのころに6オクターヴの音域をもつ新しいピアノを製作し、このピアノを用いた最初の成果がこの作品であった。

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西原稔 山形県生まれ。東京藝術大学大学院博士課程満期修了。現在、桐朋学園大学名誉教授。18、19世紀を主対象に音楽社会史や音楽思想史を専攻。「音楽家の社会史」、「シューマン 全ピアノ作品の研究上・下」(ミュージック・ペン・クラブ賞受賞)、「クラシック 名曲を生んだ恋物語」、「クラシックでわかる世界史」などの著書などがある。