北九州市立文学館
〜北九州市小倉北区〜
小倉駅から魚町銀天街を通って約15分、勝山公園の芝生の向こうにかまぼこ状の建物が見えてきます。この建物は建築家・磯崎新氏の設計で、内部のアーチ型の梁やコンクリート打ちっ放しの壁はそのままにかつての歴史資料館を改装し、平成18(2006)年11月1日「北九州市立文学館」としてオープンしました。
北九州といえば産業の街、というイメージですが、火野葦平など芥川・直木賞作家を13人も輩出するなど文学土壌豊かな街でもあるのです。これは北九州の歴史と深い関係があります。明治3(1899)年、軍医部長として小倉に着任した森鴎外が新聞への寄稿や講演をおこない、北九州に文化を育てようと活動していた同じ頃、八幡製鉄所などが起業し人が集まってきました。やがて職場では文学活動がさかんにおこなわれ、企業もその活動を支援して多くの職場雑誌や同人誌が発行されました。このようにして北九州に文学のすそ野が広がっていったのです。
文学館では、この“すそ野の広がり”を実感することができます。「有名な作家個人にスポットをあてるのではなく“群像”として北九州の文学を紹介しています。」と、今川英子副館長。1階は春と秋に企画展を開催する企画展示室。2階は常設展示室で、北九州文学の歩みやゆかりの文学者の足跡を資料や映像で紹介しています。
また、直木賞作家・佐木隆三館長の小中学生対象「たのしい文章教室」や、この文学館から全国に発信している「北九州市自分史文学賞」など、文学館独自の活動も見逃せません。「未来の作家を育て才能を発掘し、北九州文学の力を次世代に繋げることが、この文学館の使命ではないでしょうか。」とも話して下さいました。
読書の秋—どっぷりと文学の世界に浸る一日もたまにはいかがでしょうか?
北九州といえば産業の街、というイメージですが、火野葦平など芥川・直木賞作家を13人も輩出するなど文学土壌豊かな街でもあるのです。これは北九州の歴史と深い関係があります。明治3(1899)年、軍医部長として小倉に着任した森鴎外が新聞への寄稿や講演をおこない、北九州に文化を育てようと活動していた同じ頃、八幡製鉄所などが起業し人が集まってきました。やがて職場では文学活動がさかんにおこなわれ、企業もその活動を支援して多くの職場雑誌や同人誌が発行されました。このようにして北九州に文学のすそ野が広がっていったのです。
文学館では、この“すそ野の広がり”を実感することができます。「有名な作家個人にスポットをあてるのではなく“群像”として北九州の文学を紹介しています。」と、今川英子副館長。1階は春と秋に企画展を開催する企画展示室。2階は常設展示室で、北九州文学の歩みやゆかりの文学者の足跡を資料や映像で紹介しています。
また、直木賞作家・佐木隆三館長の小中学生対象「たのしい文章教室」や、この文学館から全国に発信している「北九州市自分史文学賞」など、文学館独自の活動も見逃せません。「未来の作家を育て才能を発掘し、北九州文学の力を次世代に繋げることが、この文学館の使命ではないでしょうか。」とも話して下さいました。
読書の秋—どっぷりと文学の世界に浸る一日もたまにはいかがでしょうか?
▲魚町銀天街の路地に現れる「鳥町食堂街」。
ここだけ時の流れが止まっているかのような佇まい。小倉発祥「焼うどん」の元祖店もこの中にある。
▲小倉駅から徒歩10分、旦過のおでん屋台はメニューにお酒がなく、代わりにおはぎとおにぎりがある。現在は4軒が残るのみ。20時から開店。
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お問い合わせ
北九州市立文学館
TEL:093-571-1505
(月曜休館)
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お知らせ
第3回特別企画展
「森鴎外展〜をりをりの微笑〜」
会期:2007年10月5日(金)〜11月4日(日)
明治の文豪として今日も親しまれている作家・森鴎外の、軍医部長として在任した小倉時代の文化活動や親交、また家庭人としての側面を紹介。(資料約150点)
森鴎外に関する講座なども開催予定。
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ほあし・よしゆき
自然の風景に関心が薄く、人間の創った[物]に対して濃い。人の[営み]の象徴としての[街角]を多く描く。営みの延長としての[食べ物]にも執着心が強く、食べ・描き・造る・・・事にも熱心。その故もあって・・・糖尿。