JR大行司駅〜東峰村〜
濃い緑の山々を背景に、白いペンキで彩られた木造の小さな建物。そこには線路もなければ列車を待つ乗客の姿もありません。ただ「大行司駅」と書かれた小さな看板だけが、そこが駅であることをものがたっています。
駅舎の中はガラス窓から差し込む光で白い壁が引き立ち、何気なく貼られた村のお祭りのポスターも鮮やかに見えます。待合室には使い込まれた木製のベンチが置かれ、その向こうに今は無人駅となり人影のなくなった改札口が、訪れる人を静かに迎えています。
明治から昭和にかけて、大行司駅のある旧宝珠山村には炭坑がありました。炭坑から石炭を運ぶため鉄道が敷かれ、駅は昭和21(1946)年に開業しました。宝珠山炭坑を経営していたのは「筑豊の炭坑王」と言われた伊藤傳右衛門。傳右衛門はここに当時日本一といわれた衛生で快適な抗員住宅や治療所、浴場を作り、炭坑には多くの人が集まりました。最盛期には村の人口は現在の約3倍の8000人近くにもなったといわれています。
現在も開業当時の姿をとどめる大行司駅。炭坑の閉山から44年が過ぎ当時の賑わいは去っても、今も地域の足として欠かせない存在です。また最近ではその懐かしくあたたかいたたずまいに惹かれて訪れる人も多く、新たな賑わいの始まりを感じさせています。
駅舎の中はガラス窓から差し込む光で白い壁が引き立ち、何気なく貼られた村のお祭りのポスターも鮮やかに見えます。待合室には使い込まれた木製のベンチが置かれ、その向こうに今は無人駅となり人影のなくなった改札口が、訪れる人を静かに迎えています。
明治から昭和にかけて、大行司駅のある旧宝珠山村には炭坑がありました。炭坑から石炭を運ぶため鉄道が敷かれ、駅は昭和21(1946)年に開業しました。宝珠山炭坑を経営していたのは「筑豊の炭坑王」と言われた伊藤傳右衛門。傳右衛門はここに当時日本一といわれた衛生で快適な抗員住宅や治療所、浴場を作り、炭坑には多くの人が集まりました。最盛期には村の人口は現在の約3倍の8000人近くにもなったといわれています。
現在も開業当時の姿をとどめる大行司駅。炭坑の閉山から44年が過ぎ当時の賑わいは去っても、今も地域の足として欠かせない存在です。また最近ではその懐かしくあたたかいたたずまいに惹かれて訪れる人も多く、新たな賑わいの始まりを感じさせています。
▲大行司駅から筑前岩屋駅の間には、3つのめがね橋があります。
この奈良尾のめがね橋は、テレビ番組で「日本一美しい鉄道橋」として紹介されました。
12月1日から16日までライトアップされます。
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お問い合わせ
東峰村企画振興課
TEL:0946-74-2311
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お知らせ
東峰村ウォーキング
“めざせ!歩王[あるきんぐ]”
東峰村では豊かな自然の中で楽しむウォーキングイベントを開催しています。
【ナイトウォーキング】
会期:2007年12月1日(土)
受付時間:16:00〜18:00
ライトアップされためがね橋と、澄んだ空気の中星空を眺めながら歩きます。
スタート・ゴール/JR大行司駅 約6km
【早春ウォーキング】
会期:2008年2月下旬
春の息吹を感じる早春の宝珠山地域を歩きます。
スタート/JR筑前岩屋駅
ゴール/JR大行司駅 約8km
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ほあし・よしゆき
自然の風景に関心が薄く、人間の創った[物]に対して濃い。人の[営み]の象徴としての[街角]を多く描く。営みの延長としての[食べ物]にも執着心が強く、食べ・描き・造る・・・事にも熱心。その故もあって・・・糖尿。