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第7回 福岡城築城四百年を記念し、博多人形、黒田二十四騎を制作

第54回新作博多人形展で内閣総理大臣賞の「夜叉王」
▲第54回新作博多人形展で内閣総理大臣賞の「夜叉王」
博多人形は、福岡城築城に携わった瓦師・正木宗七が鬼瓦から思いつき、手慰みに粘土を焼いて藩主に献上したのがひとつの起源とされる。今年、築城から400年にあたるのを記念して「黒田24騎」の人形制作に取り組む匠たちがいる。人形師の中には24騎の母里太兵衛や桐山丹波の子孫もいるという。

民謡「黒田節」に歌われる母里(毛利)太兵衛ら黒田藩の重臣団を「黒田24騎」と呼ぶが、その人形を制作するのは博多人形作家協会(益永栄喜会長、17名)。博多人形では、白彫会と勢力を二分している作家集団だ。

発足は白彫会より一足遅れ、昭和38年だが、現在、会員に国の伝統工芸士14名、福岡県無形文化財保持者、国指定卓越技能保持者数名を擁する。展覧会などでは大臣賞をはじめ九州・福岡県・福岡市の表彰・受賞者多数を輩出している。毎年1回新作展を開き、節目の年には全員で共同制作にあたり、互いに刺激しながら結束を強めてきた。

その新作展も44回を数える今回は、福岡城が完成して奇しくも400年にあたることから、共同制作に「黒田24騎」と決めた。

「最初は『鴻臚館・福岡城跡歴史・観光・市民の会』の岡部定一郎事務局長から話がありました。会員の中ノ子富貴子さんの祖先は博多人形の始祖の一人であり、また、母里太兵衛の末裔でもあります。三宅隆さんは桐山丹波の子孫。これも何かの縁ということで新年の例会で決まりました」
益永会長は経緯を語る。

武具・武者絵などから構想を練る

博多人形一筋に50年の益永さんは、今では数名となった協会発足当初からの会員。伝統工芸士でもあり、新作博多人形展では九州経済産業局長賞、最高賞の総理大臣賞(2度)を射止めた実力者である。

益永さんが白金町の中野親夫師に弟子入りした昭和32(1957)年当時、博多人形は代表的な博多土産として、業界全体が活気づいていた。師匠は小島与一名人の弟子で美人ものを得意とした。研究生の益永さんも美人ものに没頭。入門3年にして博多人形組合展で最高賞を射止めたことが励みとなり、毎年入賞をして独立する頃は、能ものに独自の境地を見出していった。

「売れる人形づくりに打ち込んだ時期が続き、長いブランクを超えて頂いた総理大臣賞は涙が出るほどでした」と話す。それは歌舞伎の「修禅寺物語」を題材にした「夜叉王」だった。「粘土を指先でひねっているとたちまち顔ができた。その表情が何ともいえない。あとの胴体も一気にできました。無欲のご褒美でしょう」

その後「東風ふかば 菅原道真」「遠ざかる船影 俊寛」と、流刑の悲哀をシリーズで追って九州経済産業局長賞、内閣総理大臣賞の大賞をものにしてきた。

構想を練る前に資料集めなど綿密な準備が必要だ。「黒田24騎」では福岡市博物館を全員で訪ね、黒田家の兜や鎧、御用絵師尾形探香の「黒田25騎図」などを見学した。

「会員の実力からみてもきっと良い人形ができると信じています。期待していてください」と益永会長は自信をのぞかせた。
(文・安藤憲孝)

  • お問い合わせ

    博多人形作家協会(益永会長)
    TEL:092-871-2388
  • お知らせ

    第44回 博多人形作家協会新作展
    2007年10月22日(月)〜10月28日(日)
    新作人形のほか福岡城築城400年記念の共同制作「黒田24騎」を発表。
    会場では原型制作実演もあります。

  • 絵・文  あんどう・のりたか
    年甲斐もなく好奇心が強い。無論、全てにそうではないが、特にモノ作りの現場でいつの間にか身を乗り出している。創造の世界が新鮮に映る。衰えそうもない好奇心に当分、付き合っていくか…
益永 栄喜さん(65歳)
▲益永 栄喜さん(65歳)
第56回新作博多人形展で内閣総理大臣賞の「遠ざかる船影 俊寛」
▲第56回新作博多人形展で内閣総理大臣賞の「遠ざかる船影 俊寛」
第55回新作博多人形展で九州経済産業局長賞の「東風ふかば」
▲第55回新作博多人形展で九州経済産業局長賞の「東風ふかば」