第10回 菱ひな人形 — 親子の絆のお守り - 匠にであう - アクロス福岡
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第10回 菱ひな人形 — 親子の絆のお守り

最新作の殿兜と姫兜の飾り
▲最新作の殿兜と姫兜の飾り
クリークなど湿地に育つ水草・菱[ひし]は、夏に白い花を咲かせ、中秋のころに固い実を結ぶ。実は茹でて食すと栗のような味で、ウォーターマロンの別名もあるそうだ。この実を使って、桃の節句の菱ひな人形を作りつづけて50余年、黄綬褒章を受章したユニークな名工を筑後路大木町に訪ねた。

「筑公水」こと的場忠さんがその人。ご自宅の前の湿田一面に青々とした菱の葉が、強い日差しを浴びて輝いていた。

筑後川の低湿地に位置する三潴郡の名は「水沼」「水間」から転じたとされる。湿地を表す「牟田」の地名が多く残る。穀倉地帯であり、米の他にい草や菱が特産である。この地方では菱の実で遊ぶ伝承が残っていた。

的場さんも菱の実で人形を作って、軒先につるしているのをよく見ていた。幼い日のこの記憶が呼び覚まされて、菱ひなを着想したという。

古来の伝統を守り、親心を伝えたい

「わが国には5大節句があります。1月7日の人日(じんじつ)、3月3日の上巳(じょうし)、5月5日の端午(たんご)、7月7日の七夕(たなばた)、9月9日の重陽(ちょうよう)がそれ。3月3日の雛の節句は、おひな様を飾ったり、ひな人形を川に流したりして、女子のすこやかな成長を願ったのです。端午の節句は男子の成長を、このように古来からの文化の伝統があって、親子の絆が保たれてきました。この伝統を守り次代に伝えたい一心で、菱ひなを作り始めたのです」と的場さん。

「小さくてもいい。玄関にでも飾って、親の心が伝わればそれで良い」と、的場さんの戦後復興の目は、社会の最小単位である家族に向かった。

菱の実は大きなものでも、トゲを取ると5、6センチほど。菱ひなを作り始めて最初の難問は、中の実の処理だった。殻を使って人形を作るのだが、実が詰まったままでは虫が入る。細長い金具で実をかき出していたところ、1日に数個しかできなかった。「何かよい方法はないものか、寝ても覚めてもこのことばかり。あるとき、夢の中で、切ればよいという声を聞きました。固い実を破損することなく四分六分に切断でき、長年苦しんだ壁を乗り越えられました」

実を抜いた殻の中に石膏を詰め、外側も石膏で整え、人形の胴体となす。石膏を詰めるのは形を長く維持するためだが、その手法は独自に開発したもので、特許となっている。人形を10数本の筆を使い分けて彩色するが、「最も難しいのは顔に目を描き入れること」という。ゴム粘土で作る顔は小指大しかない。そこに「筆一点の打ち込み」で目を描き入れる。「最初のころは左右均一にならず、ピカソの絵のようでした」と目を細めた。今でも目を描き入れるときは、心を静めて臨む。

厚生労働大臣の卓越技能者でもある。「守りひな」と名付け、「菱ひな教室」などの機会をとらえ、技術の伝承にも積極的だ。最近は端午の節句の兜も菱の実で作り始めた。子供たちに、ひな壇に欠かせない菱もちや、ひな人形のいわれを語って聞かせ、親子の絆の大切さを訴えている。
(文・安藤憲孝)

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    自宅・工房
    TEL:0944-32-1287
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    菱ひな人形展
    2008年1月14日(月・祝)〜1月20日(日)
    菱の実で創作したひな人形・兜などを展示します。
    人形作りの実演を行い、希望の方は体験も可能です。

  • 絵・文  あんどう・のりたか
    年甲斐もなく好奇心が強い。無論、全てにそうではないが、特にモノ作りの現場でいつの間にか身を乗り出している。創造の世界が新鮮に映る。衰えそうもない好奇心に当分、付き合っていくか…
的場 忠さん(88歳)
▲的場 忠さん(88歳)
三段物のひな人形
▲三段物のひな人形
人形の体となる菱の実
▲人形の体となる菱の実