柳川藩主立花邸御花/
国指定名勝立花氏庭園
―柳川市―
柳川藩主立花邸御花(以下、「御花」)の門前に立つと白いドレスをまとった貴婦人に対面するようで、思わず背筋が伸びて上品にならざるを得ない。車寄せの二階部分が浮いているように見えるのは、細身のドリス式石柱*1(▲1)で軽く支えているからだろう。古代ギリシャ神殿と同じ棟飾りなどの装飾がティアラのようで、華奢ながら西国一の美形近代様式建築*2と思う。
初代柳川藩主立花宗茂は豊後の大名、大友氏の家臣、戸次道雪(べっきどうせつ)の一人娘誾千代(ぎんちよ)の婿養子で、知力と武勇伝は西国随一といわれた。関ヶ原で豊臣方に加わり浪人となるも西軍大名としてただ一人、旧領に復帰することができた。戦国の浮沈や明治維新、戦後の危機をも乗り越えた立花家は現代まで続く稀有(けう)な存在だ。
現在の御花は福岡の大工や県建築技師たちの設計により日露戦争の終結後、伯爵立花家邸宅として完成した。松濤園と呼ばれる大きな庭とそれに面した和風の大広間を中心に接客に当たる西洋館(▲2)、居間などを含む敷地が名勝となっている。広間の濡縁(ぬれえん)(▲4)から見る、松と岩を配した池庭が素晴らしい。十六代当主和雄(かずお)氏(海軍元帥島村速雄の次男)と文子(あやこ)さんは文化財建築を維持しながらホテルやレストランなどを戦後に創業し、今では柳川市のみならず、福岡県の観光拠点の一つとなっている。
7歳で城主となり女鉄砲隊を率いたと伝わる誾千代。かたやテニスのダブルスで全国優勝した初代女将、文子さん。共に優秀な婿を取り危機を乗り越えた。女性的な洋館と優雅で堂々とした和風建築の複合に立花家の伝統を重ね合わせてしまった。
御花へは、風情ある町並みを船頭の唄と供に巡る川下り(▲5)で行くのも楽しみのひとつだろう。
*1 ドリス式石柱・・・古代ギリシャの建築様式 他にイオニア、コリント様式がある。
*2 近代様式建築・・・明治から戦前まで日本で造られた洋風装飾を伴った建築
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場所
柳川市新外町 1アクセス西鉄バス「御花前」下車徒歩2分お問い合わせTEL:0944-73-2189備考営業時間 9:00~18:00
料金 大人500円
休み 年中無休
▲1 ドリス式石柱
▲2 西洋館
▲3 玄関
▲4 広間の濡縁
▲5 川下り