菱ひな人形
大木町では昔から秋の味覚として楽しまれてきた菱の実。これを使って愛らしいひな人形や兜人形を半世紀以上に亘って作っているのが、的場忠さんだ。九十歳を超え、今なお現役の職人として人形を作り続け、地域の子どもたちに指導も続けている。そこには郷土大木町、そして日本に対する深い愛情が横たわっている。
「昔、減反政策でこの地域の田んぼが減ったとき、米を作れなくなった農家がこのままでは生活ができなくなると言うので、水田地と化したこの土地で作れるものを探そうと、菱を作り始めました。これが大木町の特産品に菱が加わった始まりです」
そして、菱が順調に生産されるようになると的場さんはまた、この街のために何か菱を使った工芸品が作れないかと考えるようになった。ヒントになったのは、小さいころ母親が菱に顔を付けて遊んでくれた思い出だ。
「お雛様の形にぴったりだと思いました。よく考えると、雛節句には菱餅を食べますよね。子どもの健やかな成長を願い作られる菱餅に、菱と雛との関連も感じました。しかしいざ作るとなると、実を取り出すだけでも一苦労なんです。模索し続け、この形にたどり着くまで、長年かかりましたね。何度もあきらめようかと思いましたが、素朴な菱が美しい姿に変わっていくことに魅せられて今日まできました」
菱の形を活かした胴体に色付けし、かわいらしいひな人形が生まれる。昔から小学校などで指導をしてきたが、その子たちが大人になって嫁入り道具として大切にこの人形を持って行く姿に感銘を受けるという。
「この人形は玩具ではなく伝統文化。親から子へと受け継がれるべき心が宿っているんです。この街のために私が生み出したものですが、自分のものにせず、社会や地域に還元していきたいですね」
(文・上田瑞穂)
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的場 忠さん
福岡県三潴郡大木町上八院722
TEL:0944ー32ー1287