耐震工事の軌跡
福岡シンフォニーホールは、ご利用いただく上での安全性向上のため、2021年8月から2022年9月まで14ヵ月間にわたり休館措置をとり、天井の耐震工事および各種設備の更新工事を実施いたしました。その軌跡を振り返ります。
音楽の殿堂「福岡シンフォニーホール」
リニューアルオープン
「おかえり、アクロス!」――耐震工事のために休館していたアクロス福岡のシンフォニーホールが、2022年10月1日にリニューアルオープン。福岡市の中心部・天神に、美しいオーケストラの響きがよみがえり、音楽ファンたちを喜ばせています。一般的なリニューアルの場合「どこがどう変わったか」が話題になるところですが、なぜか聞こえてくるのは、「変わらないね」との声。そう、今回の大改修プロジェクトでは、全国屈指とされる素晴らしい音響を守ること、「変わらない」ことが何よりの使命だったのです。14カ月にわたる改修プロジェクトを振り返ってみましょう。
天井の耐震化が迫られる
2011年の東日本大震災時に、ホールや体育館などの多くの建築物で天井の落下事故が発生したことを覚えていますか?これを機に、建築基準法施行令や関連省令が改正され、大空間の高天井に対する安全基準が非常に厳しくなりました。今回の「福岡シンフォニーホール」リニューアル工事も、新たな基準に沿って安全性を確保する「天井の耐震改修」を目的としたものでした。
アクロス福岡は1995年3月、福岡市の中心地・天神の旧県庁跡地に官民共同大規模プロジェクトの先駆的な事例として完成した都市型の複合施設です。そのメインとなったのが、収容人数1871人の福岡シンフォニーホール。オーケストラの演奏をはじめ、室内楽やオペラ、バレエ、講演会などにも対応可能なシューボックス形式の本格的音楽ホールとしてつくられました。
シューボックス形式とは、その名の通り靴箱のような長方形のホールで、優れた音響効果を持つのが特徴です。ただし、都心部の複合施設だけに、隣接して走る地下鉄の音や振動の影響を受けやすく、その対策が必要。さらに、ホール真下(B2F)に位置するイベントホールやホール上部に位置する事務室、そして隣接する商業施設などに対して、互いに影響を及ぼし合わないようにすることも求められます。
このため、建物の中にもう一つ箱を作るような「浮き構造」と「二重天井」を採用。ホール全体を浮き構造とすることによって音や振動を遮断し、遮音天井の下に仕上げ天井を吊るした「二重天井」(吊り天井)となっていました。
この基本構造のもと、随所に細かな配慮を施された福岡シンフォニーホールは、空席残響時間2.4秒、満席残響時間2.0秒。国内でも有数の響きの良いホールとして高い評価を得てきたのです。
困難な課題に挑戦
「浮き構造」と「二重天井」(吊り天井)で高い音響性能を誇ってきた福岡シンフォニーホール。「響き・音量」「静けさ」「意匠」を維持しながら、耐震性の向上を実現させるために、①「強固な構造」の設置②「浮き構造」の保持③「デザイン」の再現という三つの方針の下に改修計画が立てられました。
まず、「強固な構造」とするために、天井の中の華奢な部材を強固な鉄骨部材に取り替え、鉄骨部材は上から吊るのではなく壁面から支持する計画を立てました。これで、建物と一体となった安全な天井に生まれ変わり、耐震性の向上という課題はクリアします。
しかし、ホールの命である「音響」「遮音性」が損なわれては大変です。「浮き構造」を保持するために、建物と一体化した部分には防振ゴムを間に挟んだり、下に取り付けたり。音や振動が伝わらないよう「強固な構造」に合わせた細やかな配慮が施されたのです。
こうして、ホール仕上げ天井と建物本体の構造体とを一体化させながら、音響的には遮断するという困難な課題の両立を目指したのです。
「デザインの再現」も音響に貢献
改修対象は客席から15mほどの高さにある天井とその内部ですが、工事のため空間全面に足場を組まなければいけません。このため、座席はすべて取り外して工事の間は外部の倉庫に保管。天井の撤去に先駆けて10基のシャンデリアも取り外されました。
ぎっしりと足場が組み上げられ、きらびやかな「音楽の殿堂」は、しばらくの間、殺風景な「工事現場」に様変わり。先の三つの方針による綿密な計画に基づいて、改修工事が進められていきました。
ここで注目したいのが改修方針の一つ「デザイン」の再現です。
デザインに関しては、「まったく新しい天井に変える」ことも考えられるのですが、あえて今までのデザインを尊重して再現する方法が取られました。それは、「世界に誇る福岡シンフォニーホールの唯一無二のデザインを継承したい」という思いと、「既存の天井の形状や重量、材料を同じものにすることによって音響性能も維持できる」という技術的な判断によるものです。
部材はもちろん部材を接続する一つ一つのビスに至るまで、細かい配置、寸法を確認、指定して強固な天井をつくるとともに複雑な形状を再現していきました。
このように、細部にわたって音響への配慮がなされているのですが、意外なことに、天井を彩るきらびやかなシャンデリアも音響効果を上げているのです。
福岡シンフォニーホールのシンボルとなっている10基のシャンデリアは、王侯貴族に愛されたオーストリアの老舗ロブマイヤー社製。きらめくクリスタルの上部の水平なガラス板は音の反射板としての役割を兼ね備え、一つ一つのパーツは、音を拡散させる機能を持っているのです。
このシャンデリアは1基500キロほどの重さがあり、大地震が起きても10基がぶつかり合わないように計算されています。今回、いったん取り外して分解、埃を落として磨き直すとともに、改めてパーツの総点検がなされました。
しかし「変わらない響き」が聴衆を魅了
天井の中には空調のダクトや電源のケーブル、照明や音響、舞台周りの各種設備など、多くの設備があります。改修に伴ってこれらの設備も更新と耐震化を行い、照明はすべてLED化されました。
ホワイエの天井もあわせて改修。ステンドグラスやアート照明もいったん取り外し、落下防止対策措置を施して従来と同じ形状に取り付けました。エレベーターも1基、お客さま用エレベーターとしてご利用いただけるよう改修し、2、3階への誘導がスムーズになりました。
アクロス福岡内の他の施設は通常通り稼働させるため夜間を主とした工事は14カ月間に及び、すべて完了しました。天井の設計安全性については第三者機関による評定を取得。また、何種類もの音響測定によって、「ホールの響きは改修前と変わらない」ことも確認されました。
2022年10月1日、九州交響楽団とスペシャルゲストの森公美子さんによるリニューアルオープン記念コンサートで、シンフォニーホールの「音」「響き」は見事に復活。オープンを待ち望んでいた音楽ファンたちの盛大な拍手で、新たな安全性の向上・設備更新と「変わらない音響」との両立といった難しい課題を達成したことが証明されたのです。
SDGsの時代、ストック価値が見直され、既存の建築物を生かし続けることが求められています。しかし、複合施設のリニューアル更新には、単独施設と異なる非常に高度な技術が求められます。複数の所有者が存在する官民の「区分所有」建物ではなおさらです。
複合施設の一つとして設けられたホールは、さほど珍しくなくなりました。ですが、民間のオフィス・店舗や他の公共施設と同じビル内の一角に、この規模のコンサートホールが存在する例は、今でもほとんどありません。
福岡シンフォニーホールのリニューアルは、時代が求める新たな取り組みの先陣を切り、いくつもの難題を乗り越える挑戦的な試みだったのです。